駅伝の広場

このブログは駅伝同好会のメンバー間の交流などなど、何でも使ってもらえればと思って設置しています。 メンバーのみなさ~ん! 記事の投稿、返信、ドシドシお書きください♪

富士登山競走 2017

2017-07-29-Sat-19:24
みなさんこんばんはるばる富士山登って来ました片岡です。

今日も1日お疲れ様です。

さて、もう言っちゃたんですが、7月28日、日本一の頂を目指して走る富士登山競走に出場してきました。

昨年、五合目コースを規定タイム内でクリアしたので今年は山頂アタックです。(富士登山競走の仕組みや去年のレースについては、去年のブログを参照)



今年も前日に富士急ハイランドでみんなで遊んで、富士山登ってワッショーイみたいになると思ってました。が、参加者を募ったものの集まらず(まぁ時期がテストと丸かぶりですしね)、僕1人での遠征となりました(現地ではOBマイケルさんと合流したので、実質2人です笑)



それでは、富士登山競走振り返っていきたいと思いまーす!!




前日~7月27日~

1限 初回しか出席していない。テストが先週だったらしく、履修取り消し忘れてGPAを下げる役割を見事に果たす。


2限 友達の3分の1ほどしか板書を取ってなかったものの、その微力な板書から5問中4問が出題され、優勝。


3限 ソロプレイサイリマンの僕はテストの教室変更すら知りませんでした。ありがとうございました。



とまぁテストを鮮やかにクリアし、新大阪へ。東京マラソン以来の新幹線。ドキドキ。3限後に富士山行くの大変です。




三島駅に到着。クソ田舎者僕、特急券と乗車券の仕組みがイマイチ分からず、少々もたついたもののバスに乗り換え成功。45人乗りバスに外国人観光客5.6人と、富士登山競走に向かっているであろうおっさん2人と僕しかいなくて快適でした笑




19時38分 富士急ハイランド着。ここでOBマイケルさんと合流。

去年もお世話になりましたガス灯で夕食。(富士山っぽいもの食べようとしたけどなかった)

マイケルさんごちそうさまです。
富士登山競走1




温泉で英気を養い、今夜の宿ビッ○エコーへ。壁、屋根、冷房、カラオケ機能付で1泊1600円とかでした。非常にアドでした。


富士登山競走2


数曲歌ったところで就寝。1日目終了


当日~7月28日~

4時半 起床。あんまり寝られず、不安が募る。

最後に一曲喝を入れ、出発。
富士登山競走3




天気は、今年は雨こそ降っていないものの、曇りで富士山を拝むことは出来ませんでした。

現地に着くと去年と同様屈強そうなおっさん達の群れ。たぶん僕最年少説ありました笑。




荷物を預けて、ウォーミングアップ完了。午前7時、すたーと。




全長21kmで標高差3000mを駆け上がるこのコース。

10.5キロ地点あたりまでは舗装されたロードを登って行き、そこから15km(五合目)までは山道を登ります。ラスト6kmは砂利道と岩場をただただよじ登る。ざっと説明するとこんな感じです。


10.5キロ過ぎの山道からは、コースが狭くなり前の人を抜きにくくなるので、10.5キロまでを突っ込んで、あとは耐えるというレースプランで挑みました。はい、これが後々ほんまに効いてくるんです。


最初の10.5キロはプラン通り突っ込んで入りました。8キロくらいできつくなり、心が折れそうでしたが、なんとか10.5キロ地点は予定通りに通過。お、小田さんの歴代記録抜けんじゃね?と調子乗ったまではよかったんですが、そこから一気に足が動きません。山道ゾーンでは登りは歩き、傾斜が楽なところは走るを繰り返し五合目を目指します。

14キロくらいですかね、あと少しで五合目というところで、足をつってすってんころりん。通りすがりのおじさんにマッサージしてもらい、なんとか五合目到着。この時点でヤメたすぎて、まずは1回涙がこぼれました。

五合目からの景色はこんな感じでした。雲の上にすでにいます。
富士登山競走5





が、今年はここからが勝負です。五合目を過ぎ今度は砂利道ゾーンです。これがきついんですよね。足を取られて思うように歩くことすらできません。傾斜もかなり急な砂利道ゾーンで、僕はこの世の全ての石を嫌いになりました。が、足を止めるわけにも行かず前に出します。
富士登山競走6


その次に立ちふさがったのは岩場よじ登りゾーン。これはもう四肢を全て使い、岩をよじ登って行きます。ランニング手袋をもってきた自分のことが天才に思えました。気分こそスパイダーマンですが、辛すぎて辛すぎて震えました。


この2つのゾーンの繰り返しが約6km続きます。6kmってすぐやんって思った人、挙手。







はい、死刑。登りの6kmは平地の30kmくらいですね体感。3kmくらい進んで八合目らしき所に到着。ここで、まだあと半分あるのかという良からぬ計算をしてしまいました。雨はパラつくし寒いわ足は死んでるわ空気薄いし手は痺れてくる、辛いきつい死にたい以外の感情はないです。景色?知るかそんなもん。はい、二度目の涙がこぼれました。


それでも上を目指すしかありません。沿道の登山客の応援を力に変えて、なんとか足を動かします。しかし、富士登山競走では、嘘が多発します。おばちゃんAに「はい、あと頂上まで30分!!ファイト」と言われ、20分足を動かし続けたのちにおばちゃんBに「はい、あと頂上まで30分!!ファイト」と言われ、心がポキンと折れる音が聞こえました。



もう誰の言葉も信じない。上を見たら絶望なので上も見ない。一歩一歩の歩みと時計のみを見続ける。


そして、午前11時20分。制限時間10分前〜という声が聞こえたその時、ゴールの鳥居が見えました。最後まで一歩を踏みしめながら、ゴール。もう登らなくていいんだという安堵感から涙がこぼれました(3回目)


「男は生涯で3度しか泣いてはいけない」という言葉がありますが、それは富士登山競走の五合目でまだ半分なのに辛すぎてヤメたい時、八合目付近で己の限界を感じ死にたくなる時、頂上にたどり着きもう登らなくていいんだと安堵した時です。




ゴール後フラつき倒れ込んだ僕を見知らぬおじさんが介包してくださり助かりました。

写真撮影。元気そうに見えますが、本当に辛かったです。
富士登山競走8



富士登山競走完走したんだなぁと余韻にひたっていると、重要なことを思い出しました。

そう、下山。登ったら降りなくてはなりません。登るのに必死だった僕は下りを考えていませんでしたww

この下山道がもう砂利が足に入って来るわ、傾斜も急だわという地獄の下山でした。霧もすごすぎて前が見えないほどでしたw
富士登山競走9


下山中休んでいると見知らぬおじさんが話しかけてきました。マラソントークで盛り上がるのなんの、こんな人が会社の上司ならなぁとか思いながら、そのおじさんと2時間かけて下山しました。



下山後はバスに揺られさらに下界へ。荷物を受け取り、お土産を買い、晩御飯。2日連続と見せかけ、今回は横にあるステーキガス灯へ。マイケルさんは神のような存在でした(ごちそうさまでした)

その後2日連続の温泉へ。頑張ってくれた我が身体を癒してあげました。





マイケルさんとはここで解散。2日間お世話になりました。ありがとうございました。


温泉でゴロゴロし、バス停へ。今年は乗れなかったけど、富士急のジェットコースターが見送ってくれました。
富士登山競走10

夜行バスに乗り込んだところで、2日目終了




3日目~7月29日~


なんや3日目とは。と思っている人、僕の個人的なお話ですので飛ばしてくれておkです。

夜行バスに揺られて着いたのは京の都。この日は京都で欅坂46の握手会があるので、富士登山競走からそのまま乗り込みました。


朝6時 京都駅着

握手会まで特にやることがない。荷物をコインロッカーに預け、朝から営業している銭湯へ。


時間を潰し、いざ握手会へ。会場付近に近づくとオタクの流れが。その波に乗り初めての握手会へ。

あかん、めちゃ緊張する。山邊から握手会の心得を聞いていたものの鬼緊張。ループにするつもりがまとめ出ししてしまいました。(仕組みがよく分からなかったマン)

僕の握手のお目当ては長沢菜々香ちゃんです(以下長沢くん)


入念な荷物チェックをうけ、握手へ。

そこから数秒確かな記憶がないのですが、1つ言えることは僕のコミュ障度が露呈したことです。アッ、アッ言って終わりました。



しかーし!自分から話しかけられないことを予想して、長沢くんにいじってもらおうと着ていった東京マラソンTシャツが活躍。

長沢くん「マラソンしてるんだ!頑張って〜」

片「頑張ります」


僕の返しのクソさは置いといて、これだけでフルなら2時間15分は切れそうです。頑張ります。


握手会を終え、僕の遠征は終了です。

まとめると富士登山競走も握手会も「慣れ」でその楽しみは何倍にも膨れ上がるなと思いました。そして、その手のガチ勢は、僕には手の届かないレベルにいることも学べました。ランナーとしてもオタクとしても一回り大きくなれた遠征となりました。

富士登山競走、他の大会では味わえない達成感が魅力です。

読んでくれてありがとうございました。
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24時間リレーマラソン 2017

2017-07-18-Tue-21:42
みなさん、こんにちは。本格的な夏になって来ましたね。駅伝同好会の夏といえば、やはり24時間リレーマラソン!
今年は2日間ともカンカン照りの晴れでの開催でした。個人的な感想や思い出を織り交ぜながら、時系列で振り返っていきたいなと思います。


前日19時(スタート17時間前)
豊中練終了後、上野カーで買い出しへ。業務スーパーで野菜や飲み物を購入し、濱本家で野菜を切るなどBBQの準備をしました。



前日21時(スタート15時間前)
晩御飯を食べに濱本家を出発。ここで事件が起きたものの割愛。
ほぃで社会人のOB横山さんと合流し、奢ってもらわない。濱本家へ帰宅後、前夜祭スタート。色々と遊びながら3時過ぎに就寝。



当日午前8時(スタート4時間前)
起床。24時間で1番頑張ったのはここだといっても過言ではない笑。よく起きたものだ。準備をすまし、9時前には出発。業務スーパーでお肉や氷を購入。9時に業務スーパーで待ち合わせていた田中が寝坊したので捨てていく。バイバイ



午前10時(スタート2時間前)
現地に到着。暑い、暑すぎる。

受付したり、荷物運んだり、予約していたテントなどを運ぶなど準備を進める。暑い中来てくれた永瀬、やちこあざす。




午前11時(スタート1時間前)
ぞろぞろとみんな到着し始める。1年生から院生、OBまで勢揃い。24時間っぽくなってきてテンションあがる。アメリカ留学から帰ってきた西尾さんとも再会。おかえりなさい。



12時
スタート!!!!!

阪大駅伝同好会あ 1走永瀬

阪大駅伝同好会い 1走やちこ

でスタート。

各自走順を決めながら、襷を繋いでいく。暑い暑いと言いながらも、ワイワイ元気に走る〜〜

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たーこちゃんが持ってきてくれたかき氷機でかき氷食べたり、楽しかったですね。かき氷機ファインプレー!



14時
乃木坂ライブ落選を確認し、僕落胆。テンションが少し下がったものの、ここでOBのN.naoさん登場です。約束のハーゲンダッツあざます。
帰ってきた西尾さん、N.naoさん、筆者で3ショット
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みなさん積もる話をしながら、欅を繋いでいきます。僕が持ってきたカードゲームをしたり、1年生と話したり親睦を深める。




17時半
暗くなる前にBBQでも始めますかと、BBQセットの袋を開ける。ここで衝撃の光景が目に飛び込んでくる。2つあるはずのBBQのコンロが1つしかない。この人数に対し、コンロ1つはディスアドすぎる。焦る。非常に焦る。

BBQセットを買い足すことを決意。あった1つもかなり汚れていたので必死に洗う。

素早い対応により、暗くなりきる前に始めることに成功。

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だんだん暗くなってくる。けれどもレースは続いきます。



23時
終電で帰る4年生たちを車で送り、逆に終電でやってくる、黒田、緑、のぞみちゃんらを迎えに行く。

すると緑からTEL

緑「今救急車やねん。行けへんくなってしまったわ。すまん、」

片「???…了解」




どうやら駅へ向かう途中、自転車で事故ったらしい。本人曰く元気らしいので、とりあえずはよかった。お大事に。




黒田と無事に合流し、あとはのぞみちゃん。無料通話アプリLINEで連絡するも既読なし。電話にも出ない。のぞみちゃんらしくない。何かあったのか。事故?事件?に巻き込まれた?先ほどの緑の電話を思い出し、一層不安になる。

この電車で来なかったら行こうと話していたその時、のぞみちゃんから電話が。




の「寝坊しました。今起きました」




片「???…了解」笑




どうやら昼間は海に遊びにいってたらしい。お疲れのところ24時間に来ようとしてた姿勢にはあっぱれ。ただ寝坊には喝。笑





24時
半分経過。夜は風が吹いて涼しい。

ここでしかっちゃんが20歳に!ハッピーバースデーDEARかほちゃん〜おめでとう。

櫻井さんが用意してたケーキをいただきました。

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2時
だいぶ眠たくなって来た。各自寝る人、カードゲームする人、走る人などカオスな状況になってきた。僕は数人で輪になって怖い話大会を開催。OBのY山さんの「公務員試験の受験会場を間違え、2chデビュー」の話はやはり怖かった。自分がその立場ならと思うと鳥肌が止まらない。このままY山さんの優勝かと思われたその時、今まで沈黙を貫いてきたS.Naoさんが口を開く。「しょうもない話なんですけど…」披露したのはセミの話。優勝。ぜひ聞きたい人は本人まで笑笑




6時
おはようございます。24時間朝の恒例ラジオ体操へ。第二までしっかりこなし、身体を目覚めさす。





7時
気温が高くなってきた。今日ももちろん夏。Tシャツ安売りタイムでランシャツゲット!西尾と小西と3人お揃い。写真撮っておけば良かった…みんな激安セールに大喜び。




10時
長かった24時間も残るは2時間。

ボチボチ片付けを開始。花見の後の桜がこびりついていたブルーシートも洗浄。手伝ってくれた人ありがとう。
この時間まで残ってくださったOB、院生の先輩方にも感謝です。
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12時
いよいよゴール。アンカーは1年生のさこぐち、小西ペア。しっかりゴールしました。24時間熱かったぜい!!!
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ゴール後は毎年恒例の写真撮影大会。

1年生
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2年生
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3年生
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院生
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片づけをすました後、会長一本締めで解散。


石橋で荷物を降ろし、無事に終了。


暑い中、みんなよく頑張りました。しっかりまとめた3年生、準備、片付けなど積極的に取り組んでくれた2年生、フレッシュさでしっかり走ってくれた1年生、応援に来てくださった4年生、院生、そしてOBの方々、みなさんありがとうございました。



駅伝同好会万歳!!!
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飛騨高山ウルトラマラソン2017

2017-07-14-Fri-20:57
みなさんこんにちは。最近時が経つのが早すぎてめまいがするB3黒田早織です。去る6月11日、西畑、近藤、レナ、わたしという妙な取り合わせの駅伝同好会3回生4人で飛騨高山ウルトラマラソンに出場し、全員無事完走してきました!12時間も一人きりで黙々と走り続けると、人の脳みそや体の中ではなにが起こるのか!ちょっと書くのでぜひのぞいてみてください。なんだかいつもの駅伝のブログとは違う仕上がりになってしまいそうです。まず、内容があまりに内省的なので話し言葉調のブログ文体で書くことを断念しました。そして、きっと「これ駅伝のブログやのにこいつめっちゃ自分のことばっか書くやん!?」と思われそうで冷や汗をかいているのですが、言い訳をきいてください。何しろ12時間以上一人きりなのです。途中何人かのおじさんから声をかけられ、そのうちの何人かとはおしゃべりしながら並走しましたが、まあそれも12時間24分35秒間中のせいぜい15分48秒間くらいです。自分の話しかできないのも当然だと思いませんか。おもしろいこと書くので許してください。
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ここでは、当日のレースのことだけ書くことにします。近藤が実は老荘思想家であることがわかったりして道中も中々おもしろかったのですが、長くなりすぎてしまうので泣く泣く割愛。ぜひ直接きいてください。行きの6時間の電車の中で生まれたしょうもなくも愛しいネタの数々、あますところなくお伝えします。というわけで。
 
 飛騨高山ウルトラマラソンはわたし史上一位のしんどいレースだった。「ひとのこと馬鹿にしてんのかコノヤロウ!!!」と怒鳴りつけたくなるような急勾配の山を幾度となく(5回)越えないとゴールは見えない。「平坦より起伏のあるコースの方が好きやねん♪」とぬけぬけと言い放ち飛騨高山に申し込んだ過去の自分をひっぱたいてやりたかった。そして、たいていのランナーは上り坂では走らず皆歩く。そんな中、「絶対に歩かない」と決めてしまった私は一人だけ走っていた。わざわざマラソンしに来てなんで歩かなあかんねんと今でも少し思っているが、100キロという道のりの長さを考えれば、無駄な体力消耗を抑えるため上り坂は歩くのが正解なのだろう。ただでさえコースがきつい上に自分で自分にさらなる負荷を負わせてしまい、前代未聞の苛酷レースとなった。
どうして私は「絶対に歩かない」なんてレース前に思ってしまったのか。それはひとえに村上春樹のせいである。そもそも私がウルトラマラソンなんていう常識を欠いたおかしなレースに参加したいと思ってしまったのも村上春樹のせいだった。私が愛読するこの作家は実は、毎年少なくとも一本はフルマラソンを走るランナーでもある。彼が自らのウルトラマラソンレースを綴ったエッセイに私は惚れ込んでしまって、ウルトラへのあこがれと期待を一回生の時から膨らませていたのだった。彼はそのエッセイの中で、「僕は絶対にマラソンでは歩かないし、ウルトラでもそれを守り通した(えっへん!)」という内容の文章を書いていて、どこかの単純馬鹿は「よ~し私も!」と当然のように歩かないことを固く誓った。村上春樹が走ったのは平坦なコースで有名なサロマ湖ウルトラマラソンであることを忘れて。
「どこが一番しんどかった?」ときかれても、あまり記憶が定かではないしどこも等しくしんどかったのだが、あえて挙げるならなら74キロ地点あたりだろうか。エイドを出るとき、泣いた。もう十分こんなしんどいのにあと25キロも走らなあかんの?と思うと涙が出た。山道の難所は個人的には30キロ過ぎ、60キロ手前、88キロあたりだった。30キロ過ぎはまだよかった。馬鹿みたいにきつい傾斜を登り切った後で、後ろから追いついてきたおじさんが「上りでも良く走るね!皆歩いてるから歩こうと思ったけど、走っている子が見えたからついていったよ。引っ張ってくれてありがとう」と声をかけてきてくれた。一人きりで走るレースでも、見てくれている人がいるのだと思うとなんだか報われた気持ちになる。ありがとうおじさん。60キロ地点手前の上りは最悪だった。なにしろもうすでに60キロも走っているのだ、今までと同じような坂であっても体が感じる苦痛の度合いが違う。歩かないと決めた私は走って上るしかないのだが、坂が急すぎるので走っても歩いても正直スピードはほぼ変わらない。なんてあほなことしてるんや私!!ここまで来ると、地獄のような坂を前傾姿勢で上った後にすぐ下ったりなどすると腰がおかしくなってくる。股関節がごきゅごきゅと怪しげな音を立てて位置を変えているのが分かった。ごめんね私の腰。若いころの苦労はのちの人生で役に立つって話どこかで聞いたよ。そして88キロのとどめの上り坂。まことにごみごみしいスピードで這うように走り続けた。レース前半では上り坂を駆け上がる背に人々の賞賛の視線を受けたものだったが、ここまでくるともはや「何であいつこんなところで走ってるんや?あほなんか?」という非難がましい雰囲気さえ感じられる。文句はどうぞ村上春樹に言ってくれ。私だって、歩けたらどんなにいいだろう!平坦なサロマ湖を走った村上春樹にそそのかされて(彼はきっとそそのかしたつもりはない)、標高差甚だしい飛騨高山で走り続けなければいけなくなってしまった私の気持ちも考えてほしい。
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80キロからは、「あとはいつも20キロ走っていた毎週木曜の吹田練だ」と考えて自分を奮い立たせようとした。が、すでに80キロ走ってからの20キロである。どんなに阿呆になってみてもいつもの吹田練と思えるはずがなく、心の中で「さっさと終われクソ吹田!!!」と口悪く毒づきながら走った。88キロまでは平坦だったが、これはこれで堪える。平坦な道は上りや下りのような劇的なドラマを生み出さない割に、地道に熱心に手と足を動かさなければ進めないからだ。この道を、西畑と近藤は何時間前にとおりすぎたんだろう。もうゴールしたんかな。レナ今どのへんなん。この道どこまで続くんだろう。あまりにも平坦でまっすぐな田舎の一本道に私は辟易していた。ふと、自民党の緑のポスターが目に入る。『この道を、力強く、前へ!』と、手を上げて安倍首相が言う。―あらゆる政治思想とは関係なく、私はこの時ほどこの人に心底ムカついたときはない。わかってるわ!じゃあお前代わりに走ってみろばかたれ!(すいません)
 ここまでこの大会の悪口しか書いていないような気がするが、コースの苛烈さをちょっと脇に置いて話せば、飛騨高山はとっても素敵なところだった。山裾一面に広がる青々とした初夏の田んぼと、その間にぽつぽつと立つ立派な瓦屋根の家。その背景は真っ青な空と、豊かな深緑の山々。ザ・日本の田舎というような、素朴で豊かな風景に心が浮き立つ。素朴なのに豊かって、おそろしい矛盾なはずなのにそうとしか言いようがなかった。田植えを終えたばかりで水がいっぱいに張られた田んぼは、稚拙な言い方になってしまうけれどももはや可愛いと私は思う。愛しさに胸がぎゅっとなる。そんな田んぼの水面に山の稜線が涼しげに映っていた。ああ、ここ、散歩したい。今すぐレースなんかやめてシューズを脱いで靴下も脱いで、道のわきを流れるこのきれいな水に足をぶらぶら浸せたらどんなに気持ちいいだろう…。けれどこんな風情あふれるいい気分も、山に入れば恐ろしい坂のせいで一気に飛んでいってしまう。でもあまりのきつさに「もうアカン」と天を仰いだ時、木々の間からのぞく空が本当にきれいな藍色で、本当にそれで少しだけ元気が出た。あのとき見上げた空が灰色だったら心折れていただろうなと今でも思う。山道で時折振り返れば、頂にまっ白な残雪を抱えた山が見えた。この時期にも雪があるのか!あれは万年雪だったのかしらん。
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 村上春樹はエッセイの中で、ウルトラマラソン中の肉体的苦痛をフランス革命に例えて描写していた。一部を引く。

  走っているあいだに、身体のいろんな部分が順番に痛くなっていった。右の腿がひとしきり痛み、それが右の膝に移り、左の太腿に移り……という具合に、ひととおり身体の部分が入れ替わり立ち替わり、立ち上がってそれぞれの痛みを声高に訴えた。悲鳴を上げ、苦情を申し立て、窮状を訴え、警告を発した。彼らにとっても、100キロを走るなんていうのは未知の体験だし、みんなそれぞれに言い分はあるのだ。それはよくわかる。しかし何はともあれ、今は耐えて黙々と走りぬくしかない。強い不満を抱え、反旗を翻そうとするラディカルな革命議会をダントンだかロベスピエールだかが弁舌を駆使して説得するみたいに、僕は身体の各部を懸命に説き伏せる。励まし、すがり、おだて、叱りつけ、鼓舞する。あと少しのことなんだ。ここはなんとかこらえてがんばってくれ、と。
       (村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』)

この人のこういう文章に私はいつもときめいてしまう。走っているときもこの文章がずっと頭の中にあって、自分の身体の中で革命が起こるのを今か今かと待ち受けていた。爆発的な痛みを皮切りに、ドラマチックなレースが展開されるものだと信じていた。いつでも起これ革命よ。迎え撃つ準備はできている。かかってこいや。だがしかしいつまでたっても革命の火ぶたは落とされない。フランス革命でいうバスティーユ牢獄襲撃のような、誰もが革命の始まりだとみて分かるような、そんな革命的痛みはいつまでたっても訪れない。首をひねりながら走り続けること数時間、私はふと、55キロあたりで実は自分が満身創痍であることに気づく。愕然とした。あれほど腰を据えて覚悟を決めて待ち構えていたのに、劇的な肉体的苦痛による革命など起こらなかったのである。構える私をあざ笑うかのように、その内側で痛みは知らず知らずのうちに全身を冒し、気がつけば身体中が激痛を訴えていた。いつの間にか痛みはゆるぎなくそこにあり、ドラマチックさのかけらもなかった。わたしはここに現代を見た。現代における革命はきっと、フランス革命やロシア革命や辛亥革命や村上春樹サロマ湖筋肉革命のような、劇的で抜本的なものにはきっとなり得ない。それはほんの少しずつ、でも確実に社会を侵食し、気づいた頃には社会に巣くう大きな病理となって発見される。きっとそのような形でしか現代の革命は起こりえないのだ。今の社会は、ある一つの出来事が分かりやすく革命の発端とはなれないほどには複雑化してしまっているのだ。なんと私のレース中の身体の痛み方は現代における革命を体現していたのである。やるやん私。こんなところで現代っ子なのね。60キロ地点手前の痛みと疲労のなかで、私はこんなきもちわるいことを考えていた。
 勝負は90キロで終わったと言っても過言ではなかった。残りの10キロを、私は驚くべくスピードで走った(ような気がするだけ)。ラストスパート!というようなパワーが湧いてきたというよりはむしろ、一刻も早くこの苦行レースを終わらせろおおお!という気持ちだった。ゴールテープを切った瞬間は、思っていたほど感動的でもなかった。やはりクライマックス感あふれる感動を味わうには100キロという距離は長すぎるし12時間という時間は間延びしすぎている。やっと終わりやがった、やれやれ。完走はもちろんだが、それよりも最後まで一度も歩かないという最初の自分の決心を貫けたことが何よりもうれしい。本当にうれしい。とにかく村上春樹には反省してほしい。
 今回のメンバーならではの珍事件もあった。ゴールしたら応援に行くと言っていた西畑と近藤に最後まで会えず、私は結局誰にも迎えられずに一人で100キロをゴールしたのだった。あまりのしんどさに誰かに応援してほしくて、75キロくらいからやつあたりしていた(ごめん)。さっさと応援しにこいよ!わたしこんなしんどいのに!ばか!全部で25キロ分くらい、待ちわびるあまり怒りながら走っていたのに、結局最後までやつらは現れなかった。100キロもの孤独な道のりを走り切ったのに、ゴール地点には誰もいない。めちゃくちゃさみしかった。実はなんと、9時間台でゴールした西畑は私に会うべく97キロ地点のエイドでせっせと働いていたらしい。自分でガリガリ削った氷で冷やしたポカリを手渡し、その先のダイドー自販機でコーヒーの自設エイドを行い(意味が分からない)、先回りしてゴールインを迎えるという手はずだったらしい。体力の有り余りようにあきれるが、そこまで計画してくれていたのになぜ会えなかったんだろう!?どうやら97キロエイドでどちらも気付かず通り過ぎてしまったようなのだが、そんなことありえるのか。本当に謎だし、残念ながらきっとわれわれはすれ違うさだめなのだ(実際にふだんからあまり会話がかみ合っていない)。ちなみに西畑は97キロ地点で私を待つ前に80キロ地点にレナの応援にも行っていた。だがここでも二人は会えていない。これは彼に問題があると考えるのがやはり正しいようにおもえる。ちなみに近藤はレース後ぶっ倒れて寝ていて、私がゴールしたことなんて知る由もなかった。なんとも波長の合わない4人…。
 あのウルトラから一か月ほどたった今、100キロを走りきったという実感はもうすでに私の手を離れてしまっている。今思い出してもまるで夢のような(悪夢のほう)、そのくらい現実離れした時間だった。残念ながら途中でランナーズハイになって悟りを開くとかいうことはなかったけれど、もしこのレースで得た人生に対する警句みたいなものがあるとしたら、―どんな辛いこともいつかは終わる、ということだろうか。生まれてからこの方あんなにどぎつい肉体的苦痛は感じたことはなかった。21歳にもなって泣きながら走るなんて思ってもみなかった。けれどその苦痛も、手と足を交互に前に出すという単調な作業を78952312345678923456回くらい繰り返していればそのうち終わった。結局のところ、人間の困難の乗り越え方ってこれに尽きるんちゃうかな、などとぼんやり思う。とりあえずは「私は100キロを走り通したウルトラガールなんや!!!」なんていうパワーと破壊力に満ちたフレーズを自分の中に持ててうれしい。ありがとう飛騨高山。私たちが走ったあの飛騨のみちは、今までに先輩たちが走ってきたみちであり、またこれから後輩たちが走っていくであろうみちなのだと思うとなんだか感慨深い。

共生共走リレーマラソン2017

2017-07-12-Wed-21:32
みなさんこんばんは!
B2の櫻井です^_^
少し前にあった、ブログ投稿ラッシュに乗りたかったのに乗れず…
片岡さんの内容の濃―い日本選手権予想ブログの後に、1か月以上も前の記憶の薄―い、共生共走リレーマラソンのブログをあげることになってしまいとても反省しています…。
すみませんm(__)m
遅ればせながらですが、5月28日に鶴見緑地で行われた共生共走リレーマラソンについて書かせていただきます!

共生共走は、駅伝同好会から毎年出ていて新歓期唯一の走るイベント☆ということで、今年もみんなでワイワイ親交を深めつつ、5時間ボチボチと襷をつなぎました~。

リレーマラソンは10時にスタートしました!!
それではいってみましょー、襷リレーダイジェスト!
(カメラマン:熱い中シャッターを切り続けてくれたB2のほっしーこと細井くん)


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みんな楽しそうでいい顔ですね~
見てるだけで笑顔になれます♪

えっ俺走ったのに、私も走ったのに、写真無い、、、
という方もいらしゃると思うので、ここで使った走順リストも載せちゃいます。

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・・とまぁこんな感じで、奇数番号→2回生以上、偶数番号→1回生+2回から入会したメンバー
という縛りのもと、走りたい順番のところを自主的に埋めつつ5時間繋ぎ続けました~!

そして、メインのリレーマラソンが5時間続いている裏で、これこそメインなのか?!というほどの盛り上がりをみせたのが、、
カードゲーム!!!!
片岡さんや、他の3回生が持ってきてくださったUNO、ゴキブリポーカー、ナンジャモンジャなどなど、いろんなカードゲームがあって、走ってない時間もみんなで楽しく過ごせましたー。
その様子はこんな感じ☆

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カードゲームってこんなに盛り上がるものなのか(゚∀゚)
という楽しさの再発見ができました♪笑


こうして楽しい時間はあっという間に過ぎまして・・・

最後に写真を撮り

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今年も、1回生と仲良くなりつつ、みんなで楽しめた共生共走でした!


そしてそして!最後に・・・

この5時間のリレーマラソンは
毎年7月に駅伝同行会一同が集う、一年で最大のイベントである
24時間リレーマラソンのミニ予行練習でもありまして、
そういえばこの日も、片岡会長がその宣伝を熱心にしていましたね(^-^)

その24時間リレーマラソンが、いよいよ今週末です!!

例年のことながら、今年も暑く長いリレーマラソンになるとは思いますが(-∀-)
たくさんの上回生や、OB,OGの先輩方にお会いできることを心待ちにしつつ☆
みんなで楽しい24時間にできればいいなぁと思います!

第101回陸上日本選手権 予想

2017-06-21-Wed-19:34
みなさんこんばんハンバーグ。

今日も1日お疲れ様です。

さて、今週末(6月23日~6月25日)にとうとう近づいてきました第101回陸上日本選手権。残念ながら、駅伝同好会からは参加資格タイムを切った人がいないので、出場者はいませんねぇ。。。
が、今年は大阪開催ということもあり、駅伝勢からも多くの人が観戦に行くようです。観戦行く人は必読やで。

男子長距離種目を中心に日本選手権を予想したいと思いまーす。(駅伝同好会は一切関係ありませんが、陸上関係のブログということでお許しを笑)

・男子1500m
全種目の中で最多の49名がエントリー。昨年優勝&持ちタイムナンバー1の戸田選手(日清食品)が有力か。関東インカレ、学生個人と、この春1500m絶好調の館澤選手(東海大)も優勝候補に名乗り出た。
また、昨年の高校長距離界の王者、今年から社会人のスーパールーキー遠藤日向選手(住友電工)にも注目が集まる。
あと個人的には同郷の冨原選手(中央大)にも頑張ってほしい。
世界選手権の参加標準記録が日本記録よりも上なので、なかなかこの種目で世界と渡り合うのは厳しいのが現実だが、日本人選手の底上げは確実に進んでいる1500mは激戦が予想される。

・男子5000m
参加資格が厳しく少数精鋭のエントリーという印象を受けた。大注目はやはり昨年のチャンピオンNikeORPJTの大迫傑選手。4月にはボストンマラソンに挑戦し、トラックへの移行がよめていなかったが、先日ポートランドのレースで今シーズン日本人トップの13’25を記録。やはり優勝候補は大迫選手であろう。
金栗記念で今シーズン日本人2位の13’28、GGNでも13’32と好タイムを出している松枝選手(富士通)も注目だ。大迫選手の2連覇を阻止し、初優勝なるか。
そのほかにも5000m、10000mともに日本歴代2位のタイムを持つ鎧坂選手(旭化成)も打倒大迫選手に名乗りをあげる。昨年はケガに苦しんだが、今シーズンは27分台を出すなど復調の兆しが見えてきた。
もちろん昨年のリオ五輪代表村山紘太選手(旭化成)、設楽選悠太選手(Honda)からも目が離せない。
この種目では世界陸上の参加標準である13’22’60を突破している選手はまだいないため、この記録を狙った高速レースが期待される。

・男子10000m
こちらの種目も5000mとの2冠2連覇がかかる大迫選手が大本命か。昨年同様大迫、村山、設楽選手とリオ五輪代表を中心にレースは展開されるのではないだろうか。
この種目には旭化成の選手が6名もエントリーしており、何らかの大迫傑対策を仕掛けてくるかもしれない(ZAWAチャンネル参照)
他にも2011~2014年までこの種目4連覇の佐藤悠基選手(日清食品)も久々のエントリー。久々にあの切れ味抜群のラストスパートが見られるか!!
私の推しメン服部勇馬選手(トヨタ自動車)も出場予定ということで楽しみだ。駅伝同好会OGのHNDさんの推しメン一色選手(GMO)もエントリー(一色選手は平岩さんに似ているとの情報もあるのでチェックしてみてください)

・男子3000sc
ハードルのような障害を飛び越えながら、3000mを走るこの種目。昨年この種目でリオ五輪に出場した塩尻選手(順天堂大)に注目が集まっていたが、先日ツイッターで、ケガのため欠場を表明。昨年の覇者潰滝選手(富士通)がややリードのように思われる。
が、10000mで27分台の走力を持つ市田孝選手(旭化成)もエントリーしているので注目だ。

・男子100m
日本人初の9秒台は出るのか!!
リオ五輪4×100mリレー銀メダリストの桐生選手(東洋大)、山縣選手、ケンブリッジ飛鳥選手の3強対決に注目だ。
さらにこの春一気に台頭してきた多田修平選手(関学大)が台風の目となるか。先日の学生個人で追い風参考ながら、国内初の9秒台をマーク。今最も勢いのある多田選手、この3強に割って入れるか。


以上男子の長距離と100mしか予想できていませんが、全種目楽しみであります。この夏は日本選手権と世界陸上で盛り上がりましょう。(観戦班 片岡)
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