駅伝の広場

このブログは駅伝同好会のメンバー間の交流などなど、何でも使ってもらえればと思って設置しています。 メンバーのみなさ~ん! 記事の投稿、返信、ドシドシお書きください♪

富士登山競走 2017

2017-07-29-Sat-19:24
みなさんこんばんはるばる富士山登って来ました片岡です。

今日も1日お疲れ様です。

さて、もう言っちゃたんですが、7月28日、日本一の頂を目指して走る富士登山競走に出場してきました。

昨年、五合目コースを規定タイム内でクリアしたので今年は山頂アタックです。(富士登山競走の仕組みや去年のレースについては、去年のブログを参照)



今年も前日に富士急ハイランドでみんなで遊んで、富士山登ってワッショーイみたいになると思ってました。が、参加者を募ったものの集まらず(まぁ時期がテストと丸かぶりですしね)、僕1人での遠征となりました(現地ではOBマイケルさんと合流したので、実質2人です笑)



それでは、富士登山競走振り返っていきたいと思いまーす!!




前日~7月27日~

1限 初回しか出席していない。テストが先週だったらしく、履修取り消し忘れてGPAを下げる役割を見事に果たす。


2限 友達の3分の1ほどしか板書を取ってなかったものの、その微力な板書から5問中4問が出題され、優勝。


3限 ソロプレイサイリマンの僕はテストの教室変更すら知りませんでした。ありがとうございました。



とまぁテストを鮮やかにクリアし、新大阪へ。東京マラソン以来の新幹線。ドキドキ。3限後に富士山行くの大変です。




三島駅に到着。クソ田舎者僕、特急券と乗車券の仕組みがイマイチ分からず、少々もたついたもののバスに乗り換え成功。45人乗りバスに外国人観光客5.6人と、富士登山競走に向かっているであろうおっさん2人と僕しかいなくて快適でした笑




19時38分 富士急ハイランド着。ここでOBマイケルさんと合流。

去年もお世話になりましたガス灯で夕食。(富士山っぽいもの食べようとしたけどなかった)

マイケルさんごちそうさまです。
富士登山競走1




温泉で英気を養い、今夜の宿ビッ○エコーへ。壁、屋根、冷房、カラオケ機能付で1泊1600円とかでした。非常にアドでした。


富士登山競走2


数曲歌ったところで就寝。1日目終了


当日~7月28日~

4時半 起床。あんまり寝られず、不安が募る。

最後に一曲喝を入れ、出発。
富士登山競走3




天気は、今年は雨こそ降っていないものの、曇りで富士山を拝むことは出来ませんでした。

現地に着くと去年と同様屈強そうなおっさん達の群れ。たぶん僕最年少説ありました笑。




荷物を預けて、ウォーミングアップ完了。午前7時、すたーと。




全長21kmで標高差3000mを駆け上がるこのコース。

10.5キロ地点あたりまでは舗装されたロードを登って行き、そこから15km(五合目)までは山道を登ります。ラスト6kmは砂利道と岩場をただただよじ登る。ざっと説明するとこんな感じです。


10.5キロ過ぎの山道からは、コースが狭くなり前の人を抜きにくくなるので、10.5キロまでを突っ込んで、あとは耐えるというレースプランで挑みました。はい、これが後々ほんまに効いてくるんです。


最初の10.5キロはプラン通り突っ込んで入りました。8キロくらいできつくなり、心が折れそうでしたが、なんとか10.5キロ地点は予定通りに通過。お、小田さんの歴代記録抜けんじゃね?と調子乗ったまではよかったんですが、そこから一気に足が動きません。山道ゾーンでは登りは歩き、傾斜が楽なところは走るを繰り返し五合目を目指します。

14キロくらいですかね、あと少しで五合目というところで、足をつってすってんころりん。通りすがりのおじさんにマッサージしてもらい、なんとか五合目到着。この時点でヤメたすぎて、まずは1回涙がこぼれました。

五合目からの景色はこんな感じでした。雲の上にすでにいます。
富士登山競走5





が、今年はここからが勝負です。五合目を過ぎ今度は砂利道ゾーンです。これがきついんですよね。足を取られて思うように歩くことすらできません。傾斜もかなり急な砂利道ゾーンで、僕はこの世の全ての石を嫌いになりました。が、足を止めるわけにも行かず前に出します。
富士登山競走6


その次に立ちふさがったのは岩場よじ登りゾーン。これはもう四肢を全て使い、岩をよじ登って行きます。ランニング手袋をもってきた自分のことが天才に思えました。気分こそスパイダーマンですが、辛すぎて辛すぎて震えました。


この2つのゾーンの繰り返しが約6km続きます。6kmってすぐやんって思った人、挙手。







はい、死刑。登りの6kmは平地の30kmくらいですね体感。3kmくらい進んで八合目らしき所に到着。ここで、まだあと半分あるのかという良からぬ計算をしてしまいました。雨はパラつくし寒いわ足は死んでるわ空気薄いし手は痺れてくる、辛いきつい死にたい以外の感情はないです。景色?知るかそんなもん。はい、二度目の涙がこぼれました。


それでも上を目指すしかありません。沿道の登山客の応援を力に変えて、なんとか足を動かします。しかし、富士登山競走では、嘘が多発します。おばちゃんAに「はい、あと頂上まで30分!!ファイト」と言われ、20分足を動かし続けたのちにおばちゃんBに「はい、あと頂上まで30分!!ファイト」と言われ、心がポキンと折れる音が聞こえました。



もう誰の言葉も信じない。上を見たら絶望なので上も見ない。一歩一歩の歩みと時計のみを見続ける。


そして、午前11時20分。制限時間10分前〜という声が聞こえたその時、ゴールの鳥居が見えました。最後まで一歩を踏みしめながら、ゴール。もう登らなくていいんだという安堵感から涙がこぼれました(3回目)


「男は生涯で3度しか泣いてはいけない」という言葉がありますが、それは富士登山競走の五合目でまだ半分なのに辛すぎてヤメたい時、八合目付近で己の限界を感じ死にたくなる時、頂上にたどり着きもう登らなくていいんだと安堵した時です。




ゴール後フラつき倒れ込んだ僕を見知らぬおじさんが介包してくださり助かりました。

写真撮影。元気そうに見えますが、本当に辛かったです。
富士登山競走8



富士登山競走完走したんだなぁと余韻にひたっていると、重要なことを思い出しました。

そう、下山。登ったら降りなくてはなりません。登るのに必死だった僕は下りを考えていませんでしたww

この下山道がもう砂利が足に入って来るわ、傾斜も急だわという地獄の下山でした。霧もすごすぎて前が見えないほどでしたw
富士登山競走9


下山中休んでいると見知らぬおじさんが話しかけてきました。マラソントークで盛り上がるのなんの、こんな人が会社の上司ならなぁとか思いながら、そのおじさんと2時間かけて下山しました。



下山後はバスに揺られさらに下界へ。荷物を受け取り、お土産を買い、晩御飯。2日連続と見せかけ、今回は横にあるステーキガス灯へ。マイケルさんは神のような存在でした(ごちそうさまでした)

その後2日連続の温泉へ。頑張ってくれた我が身体を癒してあげました。





マイケルさんとはここで解散。2日間お世話になりました。ありがとうございました。


温泉でゴロゴロし、バス停へ。今年は乗れなかったけど、富士急のジェットコースターが見送ってくれました。
富士登山競走10

夜行バスに乗り込んだところで、2日目終了




3日目~7月29日~


なんや3日目とは。と思っている人、僕の個人的なお話ですので飛ばしてくれておkです。

夜行バスに揺られて着いたのは京の都。この日は京都で欅坂46の握手会があるので、富士登山競走からそのまま乗り込みました。


朝6時 京都駅着

握手会まで特にやることがない。荷物をコインロッカーに預け、朝から営業している銭湯へ。


時間を潰し、いざ握手会へ。会場付近に近づくとオタクの流れが。その波に乗り初めての握手会へ。

あかん、めちゃ緊張する。山邊から握手会の心得を聞いていたものの鬼緊張。ループにするつもりがまとめ出ししてしまいました。(仕組みがよく分からなかったマン)

僕の握手のお目当ては長沢菜々香ちゃんです(以下長沢くん)


入念な荷物チェックをうけ、握手へ。

そこから数秒確かな記憶がないのですが、1つ言えることは僕のコミュ障度が露呈したことです。アッ、アッ言って終わりました。



しかーし!自分から話しかけられないことを予想して、長沢くんにいじってもらおうと着ていった東京マラソンTシャツが活躍。

長沢くん「マラソンしてるんだ!頑張って〜」

片「頑張ります」


僕の返しのクソさは置いといて、これだけでフルなら2時間15分は切れそうです。頑張ります。


握手会を終え、僕の遠征は終了です。

まとめると富士登山競走も握手会も「慣れ」でその楽しみは何倍にも膨れ上がるなと思いました。そして、その手のガチ勢は、僕には手の届かないレベルにいることも学べました。ランナーとしてもオタクとしても一回り大きくなれた遠征となりました。

富士登山競走、他の大会では味わえない達成感が魅力です。

読んでくれてありがとうございました。
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飛騨高山ウルトラマラソン2017

2017-07-14-Fri-20:57
みなさんこんにちは。最近時が経つのが早すぎてめまいがするB3黒田早織です。去る6月11日、西畑、近藤、レナ、わたしという妙な取り合わせの駅伝同好会3回生4人で飛騨高山ウルトラマラソンに出場し、全員無事完走してきました!12時間も一人きりで黙々と走り続けると、人の脳みそや体の中ではなにが起こるのか!ちょっと書くのでぜひのぞいてみてください。なんだかいつもの駅伝のブログとは違う仕上がりになってしまいそうです。まず、内容があまりに内省的なので話し言葉調のブログ文体で書くことを断念しました。そして、きっと「これ駅伝のブログやのにこいつめっちゃ自分のことばっか書くやん!?」と思われそうで冷や汗をかいているのですが、言い訳をきいてください。何しろ12時間以上一人きりなのです。途中何人かのおじさんから声をかけられ、そのうちの何人かとはおしゃべりしながら並走しましたが、まあそれも12時間24分35秒間中のせいぜい15分48秒間くらいです。自分の話しかできないのも当然だと思いませんか。おもしろいこと書くので許してください。
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ここでは、当日のレースのことだけ書くことにします。近藤が実は老荘思想家であることがわかったりして道中も中々おもしろかったのですが、長くなりすぎてしまうので泣く泣く割愛。ぜひ直接きいてください。行きの6時間の電車の中で生まれたしょうもなくも愛しいネタの数々、あますところなくお伝えします。というわけで。
 
 飛騨高山ウルトラマラソンはわたし史上一位のしんどいレースだった。「ひとのこと馬鹿にしてんのかコノヤロウ!!!」と怒鳴りつけたくなるような急勾配の山を幾度となく(5回)越えないとゴールは見えない。「平坦より起伏のあるコースの方が好きやねん♪」とぬけぬけと言い放ち飛騨高山に申し込んだ過去の自分をひっぱたいてやりたかった。そして、たいていのランナーは上り坂では走らず皆歩く。そんな中、「絶対に歩かない」と決めてしまった私は一人だけ走っていた。わざわざマラソンしに来てなんで歩かなあかんねんと今でも少し思っているが、100キロという道のりの長さを考えれば、無駄な体力消耗を抑えるため上り坂は歩くのが正解なのだろう。ただでさえコースがきつい上に自分で自分にさらなる負荷を負わせてしまい、前代未聞の苛酷レースとなった。
どうして私は「絶対に歩かない」なんてレース前に思ってしまったのか。それはひとえに村上春樹のせいである。そもそも私がウルトラマラソンなんていう常識を欠いたおかしなレースに参加したいと思ってしまったのも村上春樹のせいだった。私が愛読するこの作家は実は、毎年少なくとも一本はフルマラソンを走るランナーでもある。彼が自らのウルトラマラソンレースを綴ったエッセイに私は惚れ込んでしまって、ウルトラへのあこがれと期待を一回生の時から膨らませていたのだった。彼はそのエッセイの中で、「僕は絶対にマラソンでは歩かないし、ウルトラでもそれを守り通した(えっへん!)」という内容の文章を書いていて、どこかの単純馬鹿は「よ~し私も!」と当然のように歩かないことを固く誓った。村上春樹が走ったのは平坦なコースで有名なサロマ湖ウルトラマラソンであることを忘れて。
「どこが一番しんどかった?」ときかれても、あまり記憶が定かではないしどこも等しくしんどかったのだが、あえて挙げるならなら74キロ地点あたりだろうか。エイドを出るとき、泣いた。もう十分こんなしんどいのにあと25キロも走らなあかんの?と思うと涙が出た。山道の難所は個人的には30キロ過ぎ、60キロ手前、88キロあたりだった。30キロ過ぎはまだよかった。馬鹿みたいにきつい傾斜を登り切った後で、後ろから追いついてきたおじさんが「上りでも良く走るね!皆歩いてるから歩こうと思ったけど、走っている子が見えたからついていったよ。引っ張ってくれてありがとう」と声をかけてきてくれた。一人きりで走るレースでも、見てくれている人がいるのだと思うとなんだか報われた気持ちになる。ありがとうおじさん。60キロ地点手前の上りは最悪だった。なにしろもうすでに60キロも走っているのだ、今までと同じような坂であっても体が感じる苦痛の度合いが違う。歩かないと決めた私は走って上るしかないのだが、坂が急すぎるので走っても歩いても正直スピードはほぼ変わらない。なんてあほなことしてるんや私!!ここまで来ると、地獄のような坂を前傾姿勢で上った後にすぐ下ったりなどすると腰がおかしくなってくる。股関節がごきゅごきゅと怪しげな音を立てて位置を変えているのが分かった。ごめんね私の腰。若いころの苦労はのちの人生で役に立つって話どこかで聞いたよ。そして88キロのとどめの上り坂。まことにごみごみしいスピードで這うように走り続けた。レース前半では上り坂を駆け上がる背に人々の賞賛の視線を受けたものだったが、ここまでくるともはや「何であいつこんなところで走ってるんや?あほなんか?」という非難がましい雰囲気さえ感じられる。文句はどうぞ村上春樹に言ってくれ。私だって、歩けたらどんなにいいだろう!平坦なサロマ湖を走った村上春樹にそそのかされて(彼はきっとそそのかしたつもりはない)、標高差甚だしい飛騨高山で走り続けなければいけなくなってしまった私の気持ちも考えてほしい。
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80キロからは、「あとはいつも20キロ走っていた毎週木曜の吹田練だ」と考えて自分を奮い立たせようとした。が、すでに80キロ走ってからの20キロである。どんなに阿呆になってみてもいつもの吹田練と思えるはずがなく、心の中で「さっさと終われクソ吹田!!!」と口悪く毒づきながら走った。88キロまでは平坦だったが、これはこれで堪える。平坦な道は上りや下りのような劇的なドラマを生み出さない割に、地道に熱心に手と足を動かさなければ進めないからだ。この道を、西畑と近藤は何時間前にとおりすぎたんだろう。もうゴールしたんかな。レナ今どのへんなん。この道どこまで続くんだろう。あまりにも平坦でまっすぐな田舎の一本道に私は辟易していた。ふと、自民党の緑のポスターが目に入る。『この道を、力強く、前へ!』と、手を上げて安倍首相が言う。―あらゆる政治思想とは関係なく、私はこの時ほどこの人に心底ムカついたときはない。わかってるわ!じゃあお前代わりに走ってみろばかたれ!(すいません)
 ここまでこの大会の悪口しか書いていないような気がするが、コースの苛烈さをちょっと脇に置いて話せば、飛騨高山はとっても素敵なところだった。山裾一面に広がる青々とした初夏の田んぼと、その間にぽつぽつと立つ立派な瓦屋根の家。その背景は真っ青な空と、豊かな深緑の山々。ザ・日本の田舎というような、素朴で豊かな風景に心が浮き立つ。素朴なのに豊かって、おそろしい矛盾なはずなのにそうとしか言いようがなかった。田植えを終えたばかりで水がいっぱいに張られた田んぼは、稚拙な言い方になってしまうけれどももはや可愛いと私は思う。愛しさに胸がぎゅっとなる。そんな田んぼの水面に山の稜線が涼しげに映っていた。ああ、ここ、散歩したい。今すぐレースなんかやめてシューズを脱いで靴下も脱いで、道のわきを流れるこのきれいな水に足をぶらぶら浸せたらどんなに気持ちいいだろう…。けれどこんな風情あふれるいい気分も、山に入れば恐ろしい坂のせいで一気に飛んでいってしまう。でもあまりのきつさに「もうアカン」と天を仰いだ時、木々の間からのぞく空が本当にきれいな藍色で、本当にそれで少しだけ元気が出た。あのとき見上げた空が灰色だったら心折れていただろうなと今でも思う。山道で時折振り返れば、頂にまっ白な残雪を抱えた山が見えた。この時期にも雪があるのか!あれは万年雪だったのかしらん。
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 村上春樹はエッセイの中で、ウルトラマラソン中の肉体的苦痛をフランス革命に例えて描写していた。一部を引く。

  走っているあいだに、身体のいろんな部分が順番に痛くなっていった。右の腿がひとしきり痛み、それが右の膝に移り、左の太腿に移り……という具合に、ひととおり身体の部分が入れ替わり立ち替わり、立ち上がってそれぞれの痛みを声高に訴えた。悲鳴を上げ、苦情を申し立て、窮状を訴え、警告を発した。彼らにとっても、100キロを走るなんていうのは未知の体験だし、みんなそれぞれに言い分はあるのだ。それはよくわかる。しかし何はともあれ、今は耐えて黙々と走りぬくしかない。強い不満を抱え、反旗を翻そうとするラディカルな革命議会をダントンだかロベスピエールだかが弁舌を駆使して説得するみたいに、僕は身体の各部を懸命に説き伏せる。励まし、すがり、おだて、叱りつけ、鼓舞する。あと少しのことなんだ。ここはなんとかこらえてがんばってくれ、と。
       (村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』)

この人のこういう文章に私はいつもときめいてしまう。走っているときもこの文章がずっと頭の中にあって、自分の身体の中で革命が起こるのを今か今かと待ち受けていた。爆発的な痛みを皮切りに、ドラマチックなレースが展開されるものだと信じていた。いつでも起これ革命よ。迎え撃つ準備はできている。かかってこいや。だがしかしいつまでたっても革命の火ぶたは落とされない。フランス革命でいうバスティーユ牢獄襲撃のような、誰もが革命の始まりだとみて分かるような、そんな革命的痛みはいつまでたっても訪れない。首をひねりながら走り続けること数時間、私はふと、55キロあたりで実は自分が満身創痍であることに気づく。愕然とした。あれほど腰を据えて覚悟を決めて待ち構えていたのに、劇的な肉体的苦痛による革命など起こらなかったのである。構える私をあざ笑うかのように、その内側で痛みは知らず知らずのうちに全身を冒し、気がつけば身体中が激痛を訴えていた。いつの間にか痛みはゆるぎなくそこにあり、ドラマチックさのかけらもなかった。わたしはここに現代を見た。現代における革命はきっと、フランス革命やロシア革命や辛亥革命や村上春樹サロマ湖筋肉革命のような、劇的で抜本的なものにはきっとなり得ない。それはほんの少しずつ、でも確実に社会を侵食し、気づいた頃には社会に巣くう大きな病理となって発見される。きっとそのような形でしか現代の革命は起こりえないのだ。今の社会は、ある一つの出来事が分かりやすく革命の発端とはなれないほどには複雑化してしまっているのだ。なんと私のレース中の身体の痛み方は現代における革命を体現していたのである。やるやん私。こんなところで現代っ子なのね。60キロ地点手前の痛みと疲労のなかで、私はこんなきもちわるいことを考えていた。
 勝負は90キロで終わったと言っても過言ではなかった。残りの10キロを、私は驚くべくスピードで走った(ような気がするだけ)。ラストスパート!というようなパワーが湧いてきたというよりはむしろ、一刻も早くこの苦行レースを終わらせろおおお!という気持ちだった。ゴールテープを切った瞬間は、思っていたほど感動的でもなかった。やはりクライマックス感あふれる感動を味わうには100キロという距離は長すぎるし12時間という時間は間延びしすぎている。やっと終わりやがった、やれやれ。完走はもちろんだが、それよりも最後まで一度も歩かないという最初の自分の決心を貫けたことが何よりもうれしい。本当にうれしい。とにかく村上春樹には反省してほしい。
 今回のメンバーならではの珍事件もあった。ゴールしたら応援に行くと言っていた西畑と近藤に最後まで会えず、私は結局誰にも迎えられずに一人で100キロをゴールしたのだった。あまりのしんどさに誰かに応援してほしくて、75キロくらいからやつあたりしていた(ごめん)。さっさと応援しにこいよ!わたしこんなしんどいのに!ばか!全部で25キロ分くらい、待ちわびるあまり怒りながら走っていたのに、結局最後までやつらは現れなかった。100キロもの孤独な道のりを走り切ったのに、ゴール地点には誰もいない。めちゃくちゃさみしかった。実はなんと、9時間台でゴールした西畑は私に会うべく97キロ地点のエイドでせっせと働いていたらしい。自分でガリガリ削った氷で冷やしたポカリを手渡し、その先のダイドー自販機でコーヒーの自設エイドを行い(意味が分からない)、先回りしてゴールインを迎えるという手はずだったらしい。体力の有り余りようにあきれるが、そこまで計画してくれていたのになぜ会えなかったんだろう!?どうやら97キロエイドでどちらも気付かず通り過ぎてしまったようなのだが、そんなことありえるのか。本当に謎だし、残念ながらきっとわれわれはすれ違うさだめなのだ(実際にふだんからあまり会話がかみ合っていない)。ちなみに西畑は97キロ地点で私を待つ前に80キロ地点にレナの応援にも行っていた。だがここでも二人は会えていない。これは彼に問題があると考えるのがやはり正しいようにおもえる。ちなみに近藤はレース後ぶっ倒れて寝ていて、私がゴールしたことなんて知る由もなかった。なんとも波長の合わない4人…。
 あのウルトラから一か月ほどたった今、100キロを走りきったという実感はもうすでに私の手を離れてしまっている。今思い出してもまるで夢のような(悪夢のほう)、そのくらい現実離れした時間だった。残念ながら途中でランナーズハイになって悟りを開くとかいうことはなかったけれど、もしこのレースで得た人生に対する警句みたいなものがあるとしたら、―どんな辛いこともいつかは終わる、ということだろうか。生まれてからこの方あんなにどぎつい肉体的苦痛は感じたことはなかった。21歳にもなって泣きながら走るなんて思ってもみなかった。けれどその苦痛も、手と足を交互に前に出すという単調な作業を78952312345678923456回くらい繰り返していればそのうち終わった。結局のところ、人間の困難の乗り越え方ってこれに尽きるんちゃうかな、などとぼんやり思う。とりあえずは「私は100キロを走り通したウルトラガールなんや!!!」なんていうパワーと破壊力に満ちたフレーズを自分の中に持ててうれしい。ありがとう飛騨高山。私たちが走ったあの飛騨のみちは、今までに先輩たちが走ってきたみちであり、またこれから後輩たちが走っていくであろうみちなのだと思うとなんだか感慨深い。

第40回小豆島オリーブマラソン

2017-06-03-Sat-00:25
こんにちは、たくさん後輩が入って来てくれたことに喜びつつも、一年生男子の名前がなかなか覚えられずツラい2回生四方香帆です
小豆島マラソンのブログを担当します(^^)
帰りのフェリーの中でこれを書いてますー!
いつもだらだらと長い文章を書いてしまうので、できるだけ簡潔に!書きたいと思いま、、、したが長くなってしまいました
お付き合いください(^^;;

今回の小豆島オリーブマラソンは、2回生女子3人での参加でした!
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私にとっては初の旅行マラソンだったので、レースより、どこ行こなに食べよの気持ちの方が勝ってました(笑)
前日の新歓飲み会による寝不足もありましたが、8時に神戸港を出発し、いざ小豆島へ!!
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フェリーが豪華で驚きました(・Д・)
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屋上に芝生!と、謎のキャラクター。
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最後にはスヤスヤ、、、
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お昼前に着いたので、まずはおなかを満たしにガイドブックに載ってた食堂へ!
着いてみると、予想以上に年季の入った味のある店でびっくり(笑)
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でも、名物の醤(ひしお)丼を目当てにたくさんのお客さんが来てました!
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言わずもがな、美味しかった!!

その後、参加賞を受け取りに行ったのですが、豪華なプレゼントに驚き(°▽°)
あとでお土産物屋さんで値段見て、これだけで5000円の参加費の元取れてるんちゃうかってビビりました
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次は観光開始!!
まずは醤油工場や佃煮屋さん巡り(о´∀`о)
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佃煮の試食めっちゃさせてもらっちゃった

3時にチェックインだったので、次はホテルに向かいました
オリーブ公園から徒歩5分、って聞いていましたが、イメージしてた「徒歩」と質の違う徒歩でした(ToT)
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坂!!
徒歩じゃなく山登りです

行くのは大変でしたが、その分部屋の景色は最高でした
それに、オリーブ林の中でたくさん綺麗な写真が撮れました!!
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重い荷物を部屋に置いて身軽になった体で、今度は恋人の聖地、エンジェルロードへ(*´ω`*)
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カップルが貝殻に書いたお願い事が、ロマンチックでした
いいなぁ(〃ω〃)

そんなこんなしてたら、お腹すいてきたなぁ、、、ということで、先輩にお勧めしてもらった小豆島ラーメンの店へ!
今度は、予想以上にオシャレなお店でびっくり(笑)
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私は迷いなく、お店イチオシの醤(ひしお)そばと島めしのセットを頼みました
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そして、カーボローディングと題してなおちゃんと替え玉注文しました
あかねちゃんも餃子を追加して、3人ともレースに向けて腹ごしらえ完ぺき!
、、、でも、いつもレース前にたくさん食べてため込んで、レース後にもご褒美たくさん食べちゃって、結局マイナスにならないんですよね
いや、むしろプラスかも泣

正直、ラーメン2玉プラスご飯はやり過ぎたかもって怖くなりましたが、明日の走りで使い果たそうと心に決め、早めに寝床に就きました

当日の天気は晴れ!窓から差し込む朝日で目覚めました
昨日の昼ごはん夜ごはん同様、カーボローディングの名目で朝ごはんを爆食いしました(°▽°)

出発前の1枚!
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先に結論を言ってしまいますが、私は目標の1°30'00を切ることができて、しかも29歳以下女子の部で優勝できました(*'▽'*)
走る前はあんまり自信なかったんですけど、満足の結果が出てよかったですー!

コース上には醤油工場や海岸があって、景色を楽しみながら走れました
アップダウンもありましたが、去年出た先輩から聞いて覚悟していたので、そこまでツラいと感じなかったです!
逆にアップダウンのおかげで気持ちにメリハリつけて走れたので、よかったです〜

ただ、私は暑い時期に脱水を起こしやすいので、今回はそこが1番不安でした、、、なので、給水所では毎回水をもらって首や手足にかけるようにしました
そのおかげで、オーバーヒートせず走りきれたんだと思います
あと、あまりバテなかったのはカーボローディングのおかげだと確信します(笑)

レースの後、表彰式がありました!
オリーブ神殿の上でオリーブ女王からオリーブ冠を授けていただきました!!
賞品も豪華でした!!
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そしてなにより嬉しかったのは、増田明美さんと写真が撮れたことです
増田さんがあかねちゃんのTシャツを見て、大阪大学なのね!すごいわね!って言ってくれました!!
阪大駅伝同好会、増田明美さんにも認知されましたよ(〃ω〃)
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実はなおちゃんが年代別順位7位で入賞を惜しくも逃してしまいました、、、
でも他の2人にレースの感想聞いてみると、予想より楽しめたそうです(^^)
賞品も豪華やし、来年も是非出たいなぁって話してました〜
みなさんも来年、是非!!!

女子3人での小豆島旅マラソン、大大大満足でした(*^◯^*)

名古屋ウィメンズマラソン

2017-06-02-Fri-12:38
こんにちは!いま小豆島オリーブマラソンに向かうフェリーの船内でこのブログを書いているB2の藤原です!たいへん遅くなってしまいましたが、3月12日に行われた名古屋ウィメンズマラソンの様子をお伝えしたいと思います(`・3・´)
3ヶ月ちかく経ってからのブログ投稿、かなり反省しております、、、。小豆島の様子は早く書くつもりです。たぶん。(追記、記事を書いたのは船内ですがブログに載せるのは後日となっております。そこはスルーしてください笑)

1日目、私達は高速バスで名古屋に到着!!1500円で名古屋に行けるなんて素晴らしいですね。高速バス大好きです。まず名古屋めしを食べよう!!ということで矢場とんで味噌カツを堪能してきましたヽ(´ー`)ノ名古屋1

写真ではあまり伝わりませんが、めちゃくちゃでかい、、!!そして美味しい!!!その後前日受付でゼッケンをもらい、
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「イケメンなゴリラ」として有名なシャバーニがいる東山動物園に行ってきましたー!
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でもシャバーニは残念ながら奥に行ってしまい見られず、、、。パネルと記念撮影してきました(´・_・`)20170527105806f49.jpg

それからはカーボローディングと称した怒涛の夜ご飯(`・3・´)ここでも名古屋めしを堪能してきました。

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2日目。マラソン当日。心配されていた天気も回復!絶好のマラソン日和!
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ゲストで渡辺美里さんがマイレボリューションを歌ってここでもみんなのテンションが上がってました!ここからはわたしの主観的なレポートをさせていただきます。
1~20km 応援めっちゃ多い!!さすが都市型マラソン!!!テンションあがる〜!!
10km地点では駅伝同好会のともちゃんこと櫻井さんも応援してくれました!!

20~30km 藤原、徐々に身体の異変を感じ始める。まあここは想定内として走り続ける。

30~35km 練習不足がたたったのか、足が全然動かなくなる。しんどい。しんどい。

35~40km しんどい。泣きそう。そんな時、渡辺美里さんのマイレボリューションがコースに流れてくる。ありがとう。渡辺美里さん。私もうちょいがんばるね。

41km 最後の声援もやばい、泣きそう~~~~~~~~~~
そして、、、感動のゴール!!!!!!!
ゴール後はイケメンのお兄さんからティファニーのペンダントを頂きました(∩´∀`∩)20170527110031dbe.jpg

そしてご褒美のコメダ珈琲でシロノワール!
甘いものさいこー♡♡♡

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3日目、私達は熱田神宮に参拝し、お茶してから
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またまた名古屋めしの天むすをたべてきました!!
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そして名古屋名物(?)のナナちゃん人形を見て大阪に帰ってきました。うん。ノーコメントで。笑
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以上です!食べて食べて食べまくった名古屋でしたが、とても楽しく終わることが出来ました。来年もぜひみなさん行きましょう!!イケメンのお兄さんが待ってます!!!名古屋めしレポのようなブログを最後まで読んでいただきありがとうございました。


東京マラソン2日目 ~中村編~

2017-06-01-Thu-12:03
こんにちは、いつのまにか4回生になりました中村拓紀です。

ここ1,2週間で春休みの大会のブログが一気に更新されていますね。
木下からバトンを渡されこのブログを書いているわけですが(詳しくは東京マラソン2017 木下編 http://ekidenclub.blog.fc2.com/blog-entry-232.html)、大体木下に書きたいことを書かれてしまったので割と書くことがないんですけど、頑張って私独自の目線で書けるように精進します。

前置きはこんな感じで本題に移っていきまーす!

朝はOBの先輩方と新宿付近で集合。東京マラソンという大規模なマラソンなので、ブロックごとに入場ゲートが異なります。みんなそれぞれのゲートへ行きました。入場する際に手荷物検査があったり水分持ち込み禁止だったりと、なかなかセキュリティが厳重でした。
ここで困ったのは手荷物預けの袋の小ささです。前日に入るか確かめたのですが「ファ!?入らんやんけ!」ってなったので荷物をヘリに減らし、最低限の着替えなどを持って臨みました。こんな小さい荷物で行ったマラソンは初めてです。
写真は大阪マラソンと東京マラソンの荷物預け袋の比較。

tokyo_4

無事手荷物も預け、軽くアップをしてスタート地点へ。
東京マラソンに出るならどんなせこいことでもするぞってことで、いろいろ面倒な手順を踏んでやっと出場権を得たので、私はとてもワクワクしていました。(地元が地方の人はワンチャンあるので狙ってみよう!抽選に頼らずに済むのでとてもアドです。)

私はせこい方法でエントリーしたのでスタートブロックもそこそこ前のほうでした。とてもアドでした。

スタートの号砲とともに、飛び散る紙吹雪にとても興奮しました。こんなスタートが派手なマラソンは初めてです。とてもニヤニヤしながら初めの数キロを走りました。しかしこの上機嫌でのスタートが命取りでした。

5km地点通過、19分50秒。ちょっと速い!
いや、自己ベスト出した時の5km通過は20分50秒だったのでめっちゃ速い!
ふつうならここでオーバーペースを気にして落とさなければならないのですが、、、
だって!!東京マラソンだよ!?てか自己ベスト目指してるし早くなきゃ意味ないよね??って適当な言い訳を付けてペース維持していきます。

11km地点で野口さんらの応援を力に走ります。

ここのまま15km地点までペースを維持し通過、ここで見どころ雷門前を通過します!!
ここでも私のテンションはハイでした。
こんな感じでした。

tokyo_2.png

それとスカイツリーもあったみたいです。(私は気づかなかった)

tokyo_3

このまま好調に走っていく私ですが、案の定30kmを超えたあたりからペースが急激にダウンし始めます。
後半落ちていくこのパターンは同じ駅伝メンバーのT君が何度も体を張って示してくれたはずなんですが、「自分は大丈夫」と謎の自信を持っていました。
このまま私は落ちていき、野口さんらに後半応援されるも踏ん張れず自己ベスト+40秒ほどでゴール。
悔しい結果となりました。

へとへとでのゴール、早く休憩したい、、、。
しかしここで待っていたのは手荷物受取場への移動。
「○○ブロックの方はこちらでーす。」
東京マラソンは手荷物受取所もブロックごとにバラバラでした。
そちらのほうに死んだ足でよちよち歩いていくわけですが、、、
...どこまであるかせるんや???
おそらく1km 以上は歩かされたのではないでしょうか?疲れた足には辛すぎました。
たまに座り込む人もいましたが、係員にすぐに立たされ強制的に歩かされていました(鬼か!??)

なんとか荷物受取り所に到着。
西野さんと会いましたが2時間50分を切っていて頭が上がりません。。。
しかし、ほかのメンバーとは荷物受取所が違ったのでそれぞれ別行動をすることになりました。

この後、木下と永瀬と銭湯で合流。
疲れを癒します。

この後は木下も書いていましたが、うな重とケーキ!!
自己ベストを更新できなかった悔しさもわすれ、かぶりつきます。
鰻とか食ったのいつぶりやろ!!
野口さんほんまにありがとうございました!!!

そのあと、木下、永瀬と3人で二次会にいきました。
3人で駅伝のこれからについて真面目に語り合ったこと思います(覚えてない。)

悔しい結果に終わった東京マラソンでしたが、とてもいい思い出になりました。
応援に来てくれた方々本当にありがとうございました!!


最後に私のようにならないために、マラソンを走る人に贈りたい交通標語
・安全は 出せるスピード 出さない勇気
・スピードに 酔うな慣れるな おぼれるな
・まだいける まだ大丈夫は もう危険

スタート前に10回は復唱しような!!
以上、中村でした!
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