駅伝の広場

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飛騨高山ウルトラマラソン2017

2017-07-14-Fri-20:57
みなさんこんにちは。最近時が経つのが早すぎてめまいがするB3黒田早織です。去る6月11日、西畑、近藤、レナ、わたしという妙な取り合わせの駅伝同好会3回生4人で飛騨高山ウルトラマラソンに出場し、全員無事完走してきました!12時間も一人きりで黙々と走り続けると、人の脳みそや体の中ではなにが起こるのか!ちょっと書くのでぜひのぞいてみてください。なんだかいつもの駅伝のブログとは違う仕上がりになってしまいそうです。まず、内容があまりに内省的なので話し言葉調のブログ文体で書くことを断念しました。そして、きっと「これ駅伝のブログやのにこいつめっちゃ自分のことばっか書くやん!?」と思われそうで冷や汗をかいているのですが、言い訳をきいてください。何しろ12時間以上一人きりなのです。途中何人かのおじさんから声をかけられ、そのうちの何人かとはおしゃべりしながら並走しましたが、まあそれも12時間24分35秒間中のせいぜい15分48秒間くらいです。自分の話しかできないのも当然だと思いませんか。おもしろいこと書くので許してください。
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ここでは、当日のレースのことだけ書くことにします。近藤が実は老荘思想家であることがわかったりして道中も中々おもしろかったのですが、長くなりすぎてしまうので泣く泣く割愛。ぜひ直接きいてください。行きの6時間の電車の中で生まれたしょうもなくも愛しいネタの数々、あますところなくお伝えします。というわけで。
 
 飛騨高山ウルトラマラソンはわたし史上一位のしんどいレースだった。「ひとのこと馬鹿にしてんのかコノヤロウ!!!」と怒鳴りつけたくなるような急勾配の山を幾度となく(5回)越えないとゴールは見えない。「平坦より起伏のあるコースの方が好きやねん♪」とぬけぬけと言い放ち飛騨高山に申し込んだ過去の自分をひっぱたいてやりたかった。そして、たいていのランナーは上り坂では走らず皆歩く。そんな中、「絶対に歩かない」と決めてしまった私は一人だけ走っていた。わざわざマラソンしに来てなんで歩かなあかんねんと今でも少し思っているが、100キロという道のりの長さを考えれば、無駄な体力消耗を抑えるため上り坂は歩くのが正解なのだろう。ただでさえコースがきつい上に自分で自分にさらなる負荷を負わせてしまい、前代未聞の苛酷レースとなった。
どうして私は「絶対に歩かない」なんてレース前に思ってしまったのか。それはひとえに村上春樹のせいである。そもそも私がウルトラマラソンなんていう常識を欠いたおかしなレースに参加したいと思ってしまったのも村上春樹のせいだった。私が愛読するこの作家は実は、毎年少なくとも一本はフルマラソンを走るランナーでもある。彼が自らのウルトラマラソンレースを綴ったエッセイに私は惚れ込んでしまって、ウルトラへのあこがれと期待を一回生の時から膨らませていたのだった。彼はそのエッセイの中で、「僕は絶対にマラソンでは歩かないし、ウルトラでもそれを守り通した(えっへん!)」という内容の文章を書いていて、どこかの単純馬鹿は「よ~し私も!」と当然のように歩かないことを固く誓った。村上春樹が走ったのは平坦なコースで有名なサロマ湖ウルトラマラソンであることを忘れて。
「どこが一番しんどかった?」ときかれても、あまり記憶が定かではないしどこも等しくしんどかったのだが、あえて挙げるならなら74キロ地点あたりだろうか。エイドを出るとき、泣いた。もう十分こんなしんどいのにあと25キロも走らなあかんの?と思うと涙が出た。山道の難所は個人的には30キロ過ぎ、60キロ手前、88キロあたりだった。30キロ過ぎはまだよかった。馬鹿みたいにきつい傾斜を登り切った後で、後ろから追いついてきたおじさんが「上りでも良く走るね!皆歩いてるから歩こうと思ったけど、走っている子が見えたからついていったよ。引っ張ってくれてありがとう」と声をかけてきてくれた。一人きりで走るレースでも、見てくれている人がいるのだと思うとなんだか報われた気持ちになる。ありがとうおじさん。60キロ地点手前の上りは最悪だった。なにしろもうすでに60キロも走っているのだ、今までと同じような坂であっても体が感じる苦痛の度合いが違う。歩かないと決めた私は走って上るしかないのだが、坂が急すぎるので走っても歩いても正直スピードはほぼ変わらない。なんてあほなことしてるんや私!!ここまで来ると、地獄のような坂を前傾姿勢で上った後にすぐ下ったりなどすると腰がおかしくなってくる。股関節がごきゅごきゅと怪しげな音を立てて位置を変えているのが分かった。ごめんね私の腰。若いころの苦労はのちの人生で役に立つって話どこかで聞いたよ。そして88キロのとどめの上り坂。まことにごみごみしいスピードで這うように走り続けた。レース前半では上り坂を駆け上がる背に人々の賞賛の視線を受けたものだったが、ここまでくるともはや「何であいつこんなところで走ってるんや?あほなんか?」という非難がましい雰囲気さえ感じられる。文句はどうぞ村上春樹に言ってくれ。私だって、歩けたらどんなにいいだろう!平坦なサロマ湖を走った村上春樹にそそのかされて(彼はきっとそそのかしたつもりはない)、標高差甚だしい飛騨高山で走り続けなければいけなくなってしまった私の気持ちも考えてほしい。
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80キロからは、「あとはいつも20キロ走っていた毎週木曜の吹田練だ」と考えて自分を奮い立たせようとした。が、すでに80キロ走ってからの20キロである。どんなに阿呆になってみてもいつもの吹田練と思えるはずがなく、心の中で「さっさと終われクソ吹田!!!」と口悪く毒づきながら走った。88キロまでは平坦だったが、これはこれで堪える。平坦な道は上りや下りのような劇的なドラマを生み出さない割に、地道に熱心に手と足を動かさなければ進めないからだ。この道を、西畑と近藤は何時間前にとおりすぎたんだろう。もうゴールしたんかな。レナ今どのへんなん。この道どこまで続くんだろう。あまりにも平坦でまっすぐな田舎の一本道に私は辟易していた。ふと、自民党の緑のポスターが目に入る。『この道を、力強く、前へ!』と、手を上げて安倍首相が言う。―あらゆる政治思想とは関係なく、私はこの時ほどこの人に心底ムカついたときはない。わかってるわ!じゃあお前代わりに走ってみろばかたれ!(すいません)
 ここまでこの大会の悪口しか書いていないような気がするが、コースの苛烈さをちょっと脇に置いて話せば、飛騨高山はとっても素敵なところだった。山裾一面に広がる青々とした初夏の田んぼと、その間にぽつぽつと立つ立派な瓦屋根の家。その背景は真っ青な空と、豊かな深緑の山々。ザ・日本の田舎というような、素朴で豊かな風景に心が浮き立つ。素朴なのに豊かって、おそろしい矛盾なはずなのにそうとしか言いようがなかった。田植えを終えたばかりで水がいっぱいに張られた田んぼは、稚拙な言い方になってしまうけれどももはや可愛いと私は思う。愛しさに胸がぎゅっとなる。そんな田んぼの水面に山の稜線が涼しげに映っていた。ああ、ここ、散歩したい。今すぐレースなんかやめてシューズを脱いで靴下も脱いで、道のわきを流れるこのきれいな水に足をぶらぶら浸せたらどんなに気持ちいいだろう…。けれどこんな風情あふれるいい気分も、山に入れば恐ろしい坂のせいで一気に飛んでいってしまう。でもあまりのきつさに「もうアカン」と天を仰いだ時、木々の間からのぞく空が本当にきれいな藍色で、本当にそれで少しだけ元気が出た。あのとき見上げた空が灰色だったら心折れていただろうなと今でも思う。山道で時折振り返れば、頂にまっ白な残雪を抱えた山が見えた。この時期にも雪があるのか!あれは万年雪だったのかしらん。
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 村上春樹はエッセイの中で、ウルトラマラソン中の肉体的苦痛をフランス革命に例えて描写していた。一部を引く。

  走っているあいだに、身体のいろんな部分が順番に痛くなっていった。右の腿がひとしきり痛み、それが右の膝に移り、左の太腿に移り……という具合に、ひととおり身体の部分が入れ替わり立ち替わり、立ち上がってそれぞれの痛みを声高に訴えた。悲鳴を上げ、苦情を申し立て、窮状を訴え、警告を発した。彼らにとっても、100キロを走るなんていうのは未知の体験だし、みんなそれぞれに言い分はあるのだ。それはよくわかる。しかし何はともあれ、今は耐えて黙々と走りぬくしかない。強い不満を抱え、反旗を翻そうとするラディカルな革命議会をダントンだかロベスピエールだかが弁舌を駆使して説得するみたいに、僕は身体の各部を懸命に説き伏せる。励まし、すがり、おだて、叱りつけ、鼓舞する。あと少しのことなんだ。ここはなんとかこらえてがんばってくれ、と。
       (村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』)

この人のこういう文章に私はいつもときめいてしまう。走っているときもこの文章がずっと頭の中にあって、自分の身体の中で革命が起こるのを今か今かと待ち受けていた。爆発的な痛みを皮切りに、ドラマチックなレースが展開されるものだと信じていた。いつでも起これ革命よ。迎え撃つ準備はできている。かかってこいや。だがしかしいつまでたっても革命の火ぶたは落とされない。フランス革命でいうバスティーユ牢獄襲撃のような、誰もが革命の始まりだとみて分かるような、そんな革命的痛みはいつまでたっても訪れない。首をひねりながら走り続けること数時間、私はふと、55キロあたりで実は自分が満身創痍であることに気づく。愕然とした。あれほど腰を据えて覚悟を決めて待ち構えていたのに、劇的な肉体的苦痛による革命など起こらなかったのである。構える私をあざ笑うかのように、その内側で痛みは知らず知らずのうちに全身を冒し、気がつけば身体中が激痛を訴えていた。いつの間にか痛みはゆるぎなくそこにあり、ドラマチックさのかけらもなかった。わたしはここに現代を見た。現代における革命はきっと、フランス革命やロシア革命や辛亥革命や村上春樹サロマ湖筋肉革命のような、劇的で抜本的なものにはきっとなり得ない。それはほんの少しずつ、でも確実に社会を侵食し、気づいた頃には社会に巣くう大きな病理となって発見される。きっとそのような形でしか現代の革命は起こりえないのだ。今の社会は、ある一つの出来事が分かりやすく革命の発端とはなれないほどには複雑化してしまっているのだ。なんと私のレース中の身体の痛み方は現代における革命を体現していたのである。やるやん私。こんなところで現代っ子なのね。60キロ地点手前の痛みと疲労のなかで、私はこんなきもちわるいことを考えていた。
 勝負は90キロで終わったと言っても過言ではなかった。残りの10キロを、私は驚くべくスピードで走った(ような気がするだけ)。ラストスパート!というようなパワーが湧いてきたというよりはむしろ、一刻も早くこの苦行レースを終わらせろおおお!という気持ちだった。ゴールテープを切った瞬間は、思っていたほど感動的でもなかった。やはりクライマックス感あふれる感動を味わうには100キロという距離は長すぎるし12時間という時間は間延びしすぎている。やっと終わりやがった、やれやれ。完走はもちろんだが、それよりも最後まで一度も歩かないという最初の自分の決心を貫けたことが何よりもうれしい。本当にうれしい。とにかく村上春樹には反省してほしい。
 今回のメンバーならではの珍事件もあった。ゴールしたら応援に行くと言っていた西畑と近藤に最後まで会えず、私は結局誰にも迎えられずに一人で100キロをゴールしたのだった。あまりのしんどさに誰かに応援してほしくて、75キロくらいからやつあたりしていた(ごめん)。さっさと応援しにこいよ!わたしこんなしんどいのに!ばか!全部で25キロ分くらい、待ちわびるあまり怒りながら走っていたのに、結局最後までやつらは現れなかった。100キロもの孤独な道のりを走り切ったのに、ゴール地点には誰もいない。めちゃくちゃさみしかった。実はなんと、9時間台でゴールした西畑は私に会うべく97キロ地点のエイドでせっせと働いていたらしい。自分でガリガリ削った氷で冷やしたポカリを手渡し、その先のダイドー自販機でコーヒーの自設エイドを行い(意味が分からない)、先回りしてゴールインを迎えるという手はずだったらしい。体力の有り余りようにあきれるが、そこまで計画してくれていたのになぜ会えなかったんだろう!?どうやら97キロエイドでどちらも気付かず通り過ぎてしまったようなのだが、そんなことありえるのか。本当に謎だし、残念ながらきっとわれわれはすれ違うさだめなのだ(実際にふだんからあまり会話がかみ合っていない)。ちなみに西畑は97キロ地点で私を待つ前に80キロ地点にレナの応援にも行っていた。だがここでも二人は会えていない。これは彼に問題があると考えるのがやはり正しいようにおもえる。ちなみに近藤はレース後ぶっ倒れて寝ていて、私がゴールしたことなんて知る由もなかった。なんとも波長の合わない4人…。
 あのウルトラから一か月ほどたった今、100キロを走りきったという実感はもうすでに私の手を離れてしまっている。今思い出してもまるで夢のような(悪夢のほう)、そのくらい現実離れした時間だった。残念ながら途中でランナーズハイになって悟りを開くとかいうことはなかったけれど、もしこのレースで得た人生に対する警句みたいなものがあるとしたら、―どんな辛いこともいつかは終わる、ということだろうか。生まれてからこの方あんなにどぎつい肉体的苦痛は感じたことはなかった。21歳にもなって泣きながら走るなんて思ってもみなかった。けれどその苦痛も、手と足を交互に前に出すという単調な作業を78952312345678923456回くらい繰り返していればそのうち終わった。結局のところ、人間の困難の乗り越え方ってこれに尽きるんちゃうかな、などとぼんやり思う。とりあえずは「私は100キロを走り通したウルトラガールなんや!!!」なんていうパワーと破壊力に満ちたフレーズを自分の中に持ててうれしい。ありがとう飛騨高山。私たちが走ったあの飛騨のみちは、今までに先輩たちが走ってきたみちであり、またこれから後輩たちが走っていくであろうみちなのだと思うとなんだか感慨深い。
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